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戦時下カルト宗教暗躍の脅威『オーディンの末裔』

Ⓒ マライ・メントライン

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戦時下カルト宗教暗躍の脅威『オーディンの末裔』

日本では腐女子の皆様にも大好評だったベルリン戦時下サスペンス『ゲルマニア』、その続編たる『オーディンの末裔』が訳出されました!

…で。
巻末解説は冒険小説伝道王の北上次郎先生なのですが、いきなり「正直に書けば、前作を超えるものではない」とか書いちゃってます。しかしそれは『ゲルマニア』が凄すぎたからで、あれと比較するんでなければそこそこイケる…云々。うむ北上先生、正直すぎるぞ。というかこれはある意味誠実さの表れでもあるので、個人的にはアリだと思います。ちなみに北上先生は「異常状況下でも消えること無い刑事魂の本懐!」を軸に考察をまとめているんですけど、文章に滲む苦心っぽさを読むにつけ、改めて

歴史・第三帝国趣味とミステリ趣味の融合の難しさ

を考えさせられました。

Harald Gilbers:Odins Söhne Ⓒ Knaur TB

Harald Gilbers:Odins Söhne Ⓒ Knaur TB



そもそも『ゲルマニア』も、ミステリ要素よりは「ナチス親衛隊に一時雇用されるユダヤ人刑事」というまさかのアグレッシブ設定や、主人公の相方となる親衛隊将校のキャラ的魅力(原作者の意図と無関係に日本の腐女子マインドに着火した!)といった要素の絶妙な配合によって評価されたふしがあります。そしてその絶妙さが何らかの形で崩れると、純ミステリや冒険小説の業界王道的な観点からはフォロー・回収困難なモノになってしまう、ということでしょう。

著者、ハラルト・ギルバースはミステリ的ギミックの作法をちゃんと押さえる作家ですけど、正直、いわゆる「ミステリこそ命!」な人ではないように感じられるんですよね。作者本人が萌えているのはそこじゃないというか。じゃあどこがツボなのかというと…個人的に彼は、社会史ヲタ・組織ヲタの気が強い第三帝国ヲタのような気がするのです。組織マニアなんですよかなり。社会史マニアっぽい点も含めてそのへんは『ゲレオン・ラート』シリーズのフォルカー・クッチャーと似ています。
ということで『オーディンの末裔』は、『ゲルマニア』と一緒に『歴史群像』とか歴史・戦史方面の媒体なり有識者なりにも強く売り込んだほうが正解のような気がします。であれば、「う~んミステリ技巧的にはいまいちパンチが弱いんだけど」とかいう厳しいツッコミも相対的に少なくて、戦時下の社会史的描写満載っぷりを存分に評価してもらえると思うのです。主人公が強引に参加させられる国民突撃隊の「最初から終わってるぜ」感に満ちた訓練情景など、戦史ファンにとっては「うお! まさにこれぞ!」と満足していただけること請け合いです。

問題はその読者層というか市場の大きさでしょうか。現状、翻訳ミステリ業界に比べるとミリヲタ業界のほうが圧倒的に巨大っぽいですけど、その大半はガルパンとか艦これ周辺のいわゆる「萌えミリ」業界と呼ばれる層なので、正面からギルバース作品をぶつけても厳しいかもしれない。ううむ、でも文化プロダクトとしての拡大の可能性は正直そっちにありそうなんだよなぁ、というのが率直な意見です。

国民突撃隊(Volkssturm)の兵士たち。大戦末期に編成された、中高年や少年を中心とする急ごしらえの「決戦兵士」部隊。彼らの戦いは悲劇以外の何物でもなかった。 Bundesarchiv, Bild 183-J31320 / CC-BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

国民突撃隊(Volkssturm)の兵士たち。大戦末期に編成された、中高年や少年を中心とする急ごしらえの「決戦兵士」部隊。彼らの戦いは悲劇以外の何物でもなかった。 Bundesarchiv, Bild 183-J31320 / CC-BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons



ちなみに『オーディンの末裔』、個人的な感想を言えば、ミステリ的要素も含んで小説技巧そのものは前作より格段に進化していると思います。そして、明らかにさらなる続編を前提にしているというか、真のクライマックスに至る前で終わってしまった感触があるので、これ単体では評価困難な点があります。なので買った上で次も読むしかない、という商売的に良くできたワナが潜んでいるのです(笑)

文庫の裏表紙で言及されているしタイトルからも窺えるからある程度語ってもいいと思うんですけど、本作『オーディンの末裔』では、古ゲルマン神話を信奉する神秘主義的カルト教団が物語のカギを握ります。ナチスとオカルトの親和性は有名ですけど、オカルト業界的には「ナチスばかり有名だが、本当はナチスが俺たちの思想をパクったんだ。こっちが元祖なんだ!」と、たとえ認められたところで自慢になるのか相当うたがわしい主張を抱えて悶々としている面があるようです。
それはそれで歴史の隠された一つの真実として面白みを感じるけど、作中、あの動機だったら(なんの動機なのかは現物を読んでね)、ここはやっぱりバチカンの暗部に登場してほしかった! という気がしないでもありません。やはり悪は、より巨大で強大で普遍的な魅力を放っていなければ!

…ということでギルバース先生には、バチカンじゃなく敢えて変なカルト教団を前面に押し立てたのが実は正解だったんだ! と深く納得させてくれる展開を、オッペンハイマー警部シリーズ第3作目で圧倒的に見せつけていただけることを期待します。勝手な話でまことに恐縮ですが^^

※上記の話を日本人の知人に振ったところ、「バチカンを変な役回りで持ち出すと、カトリック地帯のバイエルンとか南部の有力州で揉めるんじゃないか?」とか心配していましたが、そういうダ・ヴィンチ・コード問題みたいな展開は、我がドイツではたぶん発生しません。何かと堅苦しいと評判のドイツながら、そのあたりの言論的自由さは意外と大きく保障されている。私はこの点については声を大にしてアピールしたい!(笑)

それでは、今回はこれにて Tschüss!
(2016.09.30)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。 まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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