文具店を始めたくてベルリンへ 只松靖浩さん・友美さん
センスのよい小売店が並ぶ、ベルリン・プレンツラウアーベルク地区のシュターガーダー通り。
カフェ、花屋さん、アンティークショップなどを眺めながら歩くうちに、ブルーグリーンの窓枠が印象的なお店が現れます。
看板はなく、ガラス窓に封筒の絵が描かれているだけ。シンプルな外観に、「ここはなに?」とのぞき込む人がいます。
お店の名はソワレ。只松靖浩さんと友美さんご夫妻が、今年7月1日にオープンしたばかりの文具店です。
お二人は今年1月にドイツへ来たばかり。それからわずか半年で開店に至った道のりをうかがいました。
■文房具・印刷への興味からドイツへ
「ソワレ」が扱うのは、お二人がセレクトした美しい日本の文房具。日本でもなかなかお目にかかれないメーカーの製品や、ソワレのオリジナル文房具です。
まっ白いミニマムな店内で、淡い色や繊細な質感の紙製品が整然と並ぶ様子に「ギャラリーと思われることもあるんです」と靖浩さん。
お二人はベルリンに住み始めるまで、平日は会社員として福岡で働くかたわら、週末だけの文具店を営んでいました。
靖浩さんの当時の仕事は、印刷会社の営業マン。顧客と印刷現場を円滑につなげる仕事です。
そうした仕事柄、活版印刷技術の発明や、数多くの文具ブランドで知られているドイツに興味を持っていたそうです。
「ドイツといえば何となくベルリンが気になっていて」(靖浩さん)、2011年にお店の買い付けを兼ねた旅行として、ベルリンを訪れました。
「そうしたら、緑が多くて広々としているし、誰もがペットの犬などにも優しくて、ここに住みたいと思いました」と友美さん。
ベルリンで文具店を開くという、夢の一歩が始まりました。
■自分たちが行うべきことと、コンサルタントに依頼できること
ベルリンへの移住を決めてからの2〜3年は、開きたいお店のイメージを考えるなど、じっくりと構想を温め、具体的な行動に移したのは約1年前から。
周囲の人々に、移住と文具店開店プランを話していくうちに、ベルリンに縁のある人たちと自然につながっていったそうです。そうした縁から、日本にいるときにベルリンの住まいも見つかりました。
ベルリンで開店するための情報も、日本で調べ始めました。
ドイツ語がわからない状態で、複雑な店舗契約を結ぶのは難しいと判断したお二人は、ドイツのコンサルタントに相談をすることに。店舗契約や滞在許可(ビザ)の申請手続きなどはプロに任せることにして、店舗物件探しは自分たちの感性を生かすために、ベルリンに移住してから行うことになりました。
そして2016年の1月に渡独。暗い冬の中を理想の物件を求めて、ベルリン中を自転車で探し回りました。現在の場所が見つかるまで、4〜5件見学したそうです。
3月になり、コンサルタントを通してビザも下りました。
当初は店舗経営という名目でビザを取るつもりでしたが、申請時に店舗物件が決まっていることが条件だったため、計画を変更してフリーランスビザを取ることに。
そのためにポートフォリオやビジネスプランを作って提出し、靖浩さんはフリーランスビザ、友美さんは配偶者ビザを取得しました。形式上は友美さんがお店を経営することにし、スムーズに運びました。
6月には、現在の物件を契約。
そして7月1日に「ソワレ」がオープンしたのです。
■コミュニケーションに工夫を
じつはお二人、ドイツ語はまだ勉強中で、お客さんとの会話は英語です。ほとんどのお客さんは英語を話しますが、当然ながらドイツ語で会話をしたい人もいます。
「こちらがドイツ語をできないとわかると、ゆっくり丁寧に話してくれるんです」と、お客さんも親切な人が多いとか。
ベルリンではEU内やアメリカなどからやって来た外国人経営のお店も多く、最初から英語で接客をすることも珍しくはありません。それがいいかどうかは別として、ドイツのほかの都市ではドイツ語が必要不可欠ですが、ベルリンならば英語だけで生活をしている外国人もいます。
しかしお二人は、ドイツ語の不足を補うように、お客さんとのコミュニケーションに工夫を凝らしています。
たとえば私がお店にいたときに、子ども二人を連れた家族がやって来たところ、友美さんは「プレゼントです」と、折り紙で折ったカメラを渡していました。両端を引っ張ると、パチッと音がする折り紙カメラに、子どもたちは夢中です。
友美さんは「カメラの中に顔を描いたり、その子の名前を書いたりすると喜んでくれますよ」と、既にノウハウを築いていました。
ソワレのようなセレクト文具店は、ベルリンにはまだそれほど多くありません。お客さんも、日本の文具に馴染みがない人がほとんどです。
そのため、風呂敷や余ったフライヤーで作った鍋敷きなど、ドイツ人のお客さんの目に留まるような商品も置いています。
「風呂敷で包んだ状態をディスプレイしておくと、わかりやすいようです。鍋敷きは、不要なものを再利用したリサイクル品だというと、興味を持ってくれますね」と、友美さん。
ドイツ人に受け入れられるやり方を模索しているところです。
お客さんも親切ですが、ご近所さんも親切だそうで、「ここにお店があるのがわかりにくいから、植木は外に置いた方がいいよ」などとアドバイスをくれるのだそうです。
お店がある界隈は上品な小売店が中心ですが、決してツンとすましてはいません。気軽に話し合える温かさがある地域で、ソワレもその一員として受け入れられ始めているのだと思います。
お店はオープンしたばかり。
お客さんの反応を見ながら、今後は店内でイベントを開くなど、新たな可能性を模索していく予定です。
ソワレ/sowale
Stargarder Straße 16, 10437 Berlin
http://sowale.net/
文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)、『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)など。近著に『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)。http://www.kubomaga.com/