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映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』:神の見えざる手に我々は何を見るべきか!

Ⓒ Bernd Schuller

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映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』:神の見えざる手に我々は何を見るべきか!

1939年11月8日、対ポーランド戦の圧勝に意気あがるナチスドイツ、ミュンヘン。ひとりの家具職人が製作した精巧で強力な時限爆弾が、演説会場のアドルフ・ヒトラーを狙っていた。事前に周到に調査したヒトラーの行動パターン、そして現場「ビュルガーブロイケラー」の構造からみて、この爆弾はまさに必殺の一撃となるはずであった…

あの『ヒトラー~最期の12日間~』で全世界を震撼させたオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の最新作、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』は、ゲオルク・エルザーによるヒトラー暗殺未遂事件という史実をベースとした問題提起ドラマです。

本作のひとつの主軸をなすのが、逮捕後の取調べを行う刑事警察局長アルトゥール・ネーベとエルザーの駆け引きです。実際のネーベにまったく似てないけど、『白いリボン』で権威主義に染まりながら葛藤する牧師を好演したブルクハルト・クラウスナーの大熱演が光ります。素晴らしいぞ。重要なのはネーベが善悪の境界線に立つ人間として描かれている点で、これは『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』のゲシュタポ捜査官の姿と共通します。ナチスの「悪の論理」を表面的に駆使しながら容疑者をなんとか助けてやりたい、みたいな。
しかし両者の展開の大きな相違は、ゾフィー・ショルがキリスト教義にもとづく明確かつ高度な倫理性でナチを断罪し、それゆえ速攻処刑されたのに対して、ゲオルク・エルザーは体制側に転向した上、謎を漂わせながら絶妙なモラトリアム状態をつくりだし、5年以上延命してしまったという点です。

Ⓒ Bernd Schuller Ⓒ 2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH, DELPHI MEDIEN GMBH, PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG

Ⓒ Bernd Schuller Ⓒ 2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH, DELPHI MEDIEN GMBH, PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG



そう、エルザーという人物はナチにとっても反ナチにとっても評価しがたい人物で、それをどう描くか(定義づけるか)というのが実は本作の大きな注目点です。エルザーの史的存在感について、ドイツの史家ギド・クノップ(日本語では何故かグイド・クノップと表記される)はこう述べています。

戦後になってからも、かつてのナチ抵抗者たちはエルザーへ連帯感を表明することを拒んだ。一方、ナチに追随していた大衆は、異端者として、共同体を脅かす爆破犯としてエルザーを断罪した。
(ギド・クノップ 『ドキュメント ヒトラー暗殺計画』 原書房 より)

「いくら反ナチの正義といえど、爆弾テロはいかがなものか?」という意見はあります。確かに正しいです。しかし、同じくヒトラー爆殺テロを計画し、同じく失敗し、同じく巻き添え死を発生させたクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐についてそのような批判は聞かれません。むしろ大人気です。
ここには言いしれぬ矛盾があります。

Ⓒ Bernd Schuller Ⓒ 2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH, DELPHI MEDIEN GMBH, PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG

口にくわえたフラッシュライト(懐中電灯の祖先)で地道に作業するエルザー。あごが疲れそうだという点が妙に印象に残る。Ⓒ Bernd Schuller Ⓒ 2015 LUCKY BIRD PICTURES GMBH, DELPHI MEDIEN GMBH, PHILIPP FILMPRODUCTION GMBH & CO.KG



ぶっちゃけ言うと、たとえばゾフィー・ショルには「カトリック教会」という後ろ盾が、そしてシュタウフェンベルク大佐には「ドイツ伝統上流社会」という後ろ盾があって、それぞれの業界が有形無形の影響力を発生させるから彼らの歴史的名声が維持される、という現実的側面があるんですね。(もちろんゾフィー・ショルやシュタウフェンベルク大佐が立派な人物であることは疑いないけれど)
そして一方、ゲオルク・エルザーの後ろ盾は、文字どおりなんにもなし。そして本人の素行も微妙にあやしい。熱心なキリスト教信者といってもそこから体系的・論理的な反ナチ思想を練り上げる能力を欠いていた。だから戦後70年、「歴史的日陰者」でいなくてはならなかった…

…ということで、本当にいいのか?????
コネのない、天才でもない人間が振りしぼった「歴史的」な勇気と行動を(是非はともかく)もっと正面から直視しようよ! というのが、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』のひそかな、そして強力な主張だと筆者は考えます。これは戦後ドイツの「反ナチ業界」の語られざる黒歴史に対する鋭い問題提起だとも言えるでしょう。

本作、エルザーが自白剤を投与される瞬間から、何かが微妙に、しかし根本的に変化します。
それまでの伝記的なストーリーからギアチェンジした、一段深い触発のための時間が始まるのです。敢えて断言しますけど、たぶんここが本作の真の重点でしょう。歴史や人間、善悪の本質について問題意識を持ち合わせている観客のための、ボーナスステージみたいなものかもしれません。『ヒトラー~最期の12日間~』を…ではなく、サイコサスペンス『es』を撮ったヒルシュビーゲル監督の冒険的なセンスが垣間見えるひとときです。

「13分の誤算」によってヒトラーが暗殺を逃れたことは、一般的には運命の驚くべき悪戯、神の見えざる手の不可思議さとして受け取られています。確率論的に納得できない話です。が、それゆえ生じた種々のなりゆきの結果、エルザーは、戦後「反ナチ」という看板に安住してきた「政治的に正しい人」たちの人間的真価をチェックする試金石となることができました。そのポテンシャルを引き出し、みごとに具体化したという点で、やはりヒルシュビーゲル監督は尋常でない手腕の持ち主であると思います。

実際の「ビュルガーブロイケラー」内部の情景 Bundesarchiv, Bild 146-1978-004-12A / Hoffmann, Heinrich / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

実際の「ビュルガーブロイケラー」内部の情景 Bundesarchiv, Bild 146-1978-004-12A / Hoffmann, Heinrich / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

エルザーみたくビッグウェーブ級の「神の見えざる手」に触れてしまうこと、もっとはっきりいえば神のある種の道具になってしまうことは、人間にとってかなり厳しい話です。少なくとも当事者にとってはたまったものではありません。そのネガティブ面を包み隠さず描いている点は、他のナチ抵抗もの映画に類を見ない本作の大きな特徴です。
なんとも皮肉な話ですけど、史実においてネーベの上官で、ナチス内外の恐怖の的だったラインハルト・ハイドリヒSS大将が臨終の床で口ずさんだというオペラ(彼の父の作曲)の一節は、善悪を超えて、その諦念の境地をよく伝えています。

「そう、世界は神が手ずから回すオルガンにすぎない。いま回っている歌に合わせて、誰もが踊らなければならない…」

ということで『ヒトラー暗殺、13分の誤算』、間違いなく傑作です。いろいろな観点や問題意識の受け皿になるでしょう。皆様ぜひご覧ください。自分の認識に化学変化を起こすきっかけとなるかもしれません。
2015年10月16日(金)から、TOHOシネマズ シャンテシネマライズ他全国順次ロードショーです!

【補記】
この映画に登場する、ネーベとミュラーの粗野な上官は架空の人物です。上記したように史実ではハイドリヒなのだけど明らかに別人設定。キャスト紹介では単に「親衛隊大将(SS-Obergruppenführer)」とだけ書いてあります。彼がやること(エルザーが単独犯でないという決め付け・直接暴行・自白剤投与の指示)は実際にはヒムラーとヒトラーの所業で、これは史実説明を単純化するための「お纏め」演出なのかなと一瞬思ったけど、実はもっと深い狙いがあるかもしれません。
だって史実そのままに描くと、それらの行為は「ヒトラーだから」「ヒムラーだから」の非道ぶりとして、観客にとって安直に他人事となるじゃないですか。でも実際、エルザーの信念を「疑い、無視し、叩き続けた」のは、反ナチな人も含めたドイツ人全体なのです。つまりあの「名無し」のSS大将は、実は戦後ドイツ人の一面を屈折した形で象徴しているような気がします。

※今回記事執筆に当たりましては、本作配給のギャガ様から多大なる御支援をいただきました。深く御礼申し上げます。

いうまでもありませんが、↓こちらをクリックすると映画公式サイトに飛びます!
Elser

それでは、今回はこれにて Tschüss!

(2015.10.7)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

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