過去から来た内的未来…E・T・A・ホフマンを識る! – Young Germany Japan

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過去から来た内的未来…E・T・A・ホフマンを識る!

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エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンといえば、ロマン派ドイツ幻想文学の巨匠。いわゆる「岩波文庫系」の歴史的大作家です。
つまり要するに、エンタメ好きな方の場合、食わず嫌い的にまったくノーマークなことが多いのではないでしょうか?

それは巨大にもったいない!

彼が執着したテーマのひとつに「自動人形」があり、文学史的にはバレエ『くるみ割り人形』『コッペリア』の原作者という位置付けになっています。が、そのテーマ領域を追究したオリジナル作品、たとえば『砂男』(Der Sandmann)なんかを読むと、彼の世界観の雰囲気が

なんとも『攻殻機動隊2:イノセンス』っぽい

ことに驚かされます。(さらにあのテーマ曲が、サウンド的にも内容的にもホフマンの文脈にばっちり似合う。怖いほどに似合いすぎる!)
本来、ドイツ人的には「イノセンスがホフマンっぽい」と言うべきなのですが、それじゃあ芸がありません(笑) ということで実際のホフマン作品というのは、かなりハードコアでダークで、何よりもオモシロなのです。そして『砂男』では、人形という存在をめぐって以下のようなテーマ性が読み取れます。

・人間と自動人形を分ける真の境界はどこにあるのか?
・人間の主観が客観を浸食し、結果的に人形に一種の生命を与えてしまう可能性があるのではないか?
・精緻に造られすぎた人形は、人知を超えた何かに通じる経路として機能するのではないか?
・アイデンティティの本質とはいったい何か?

E.T.A. Hoffmann: Der Sandmann / Das Fräulein von Scuderi Ⓒ Fischer Klassik

E.T.A. Hoffmann: Der Sandmann / Das Fräulein von Scuderi Ⓒ Fischer Klassik

…なので、ポテンシャル的には『イノセンス』を超えて『攻殻機動隊』シリーズ全体というか、観念的ジャパニメーション世界というか、要するに21世紀的アイディアのアレコレにまで踏み込むサムシングがある、それがホフマンの「巨匠」性の、真の本質ともいえるでしょう。

ホフマンの作品には、人形を通じて意識下に何かをダウンロードされ、結果的に脳が焼き切れてしまう人物とかが出てきます。凄いですよこれは。そう、「電脳」や「ゴースト」というタームを使わずとも本質的に同じような方向性を持った作品をつくることは可能なのです。非常に興味深い。しかも19世紀初頭、ナポレオン時代にそういう話を書いてしまったのが実に超絶です。

『砂男』の序盤、物語の語り手が、「このエピソードの本質は文章だけでは表現しにくい。心の中にあるビジュアルをうまく伝えたいのだけど、残念ながらそういう手段は現状実在しないので我慢してね!(大意)」(ドイツ語出典リンク)なことを述べます。さすがです。そんなホフマン先生には、時空を超えてぜひこの動画をお見せしたいです。製作途中で映画『ブレードランナー』の映像を垣間見た原作者フィリップ・K・ディックが、リドリー・スコット監督に「おい、なんで俺の脳内イメージをこれほど的確に具体化できたんだ!?」と驚愕狂喜したという、あの逸話に近い現象が確実に発生すると思います。たとえハイテクな細部は意味不明でも、真に肝心なナニカは伝わるに違いありません。

ホフマン自筆の『砂男』挿絵。いわゆる「本の挿絵」的な絵よりも、はるかに現代マンガ的なタッチで描かれている点に驚かされる。やはり本当に異能の人だったのだろう。

ホフマン自筆の『砂男』挿絵。いわゆる「本の挿絵」的な絵よりも、はるかに現代マンガ的なタッチで描かれている点に驚かされる。やはり本当に異能の才人だったのだろう。

さて、ひとつ留意しておきたいのは、現状、冒頭に書いたように、『攻殻』好きな人は大体ホフマンをノーチェックで、逆にホフマンの読者はおそらく『攻殻』など眼中にないあたりです。「似たようなことが語られているのであれば、片方を知っておけば事足りるでしょ」と考える方も多いだろうと思いますが、それでは立体視的な思考のチャンスを逸してしまう、というのが個人的意見です。

Selbstportrait E.T.A. Hoffmanns

Selbstportrait E.T.A. Hoffmanns

時代を超えて奥底で相通ずるふたつの表現。
その双方を味わい、把握することは、「普遍」に迫るという面で捨てがたい意味を持ちます。これは地理的な測量に近い考え方かもしれませんが、ひそかな意味的つながりをもつアレコレに対する連想力の起点になったりするのでオススメです。
ホフマンの自動人形への執着を昇華させたひとつの結果が『イノセンス』だとすれば、それと同時に…あるいは逆に…押井守ワールドに象徴される、「電脳世界への根源的不安」の真の核心は、実はホフマン作品の内部に存在するような気もします。

そう、「なぜ人形なのか?」という根拠を問う場合、回答としてもっとも説得力があるのは、実はホフマンの強迫観念的な言霊なのかもしれません。なぜなら19世紀人である彼の皮膚感覚にとって、「人形の生命」「人間とモノの倒置」という仮定は我々ほど簡単に理屈で退けられるものではない、半ばリアルな観念だったのですから。さらにこれは、将来どこかで形を変えて復活する可能性が小さくないテーマでもあって…

そう遠くないうちに我々は、ホフマンの再評価と再定義を、何らかの形態で目にすることになるかもしれません。それはたぶん一種の必然です。どこからどのように出てくるのか、大きな期待と一抹の不安を持ちながら待ちたいと思います。

ではでは、今回はこれにて Tschüss!

早川書房編集部『海外ミステリ・ハンドブック』 Ⓒ早川書房

早川書房編集部『海外ミステリ・ハンドブック』 Ⓒ早川書房

【ドイツミステリ周辺情報!】
ハヤカワ・ミステリ文庫から『海外ミステリ・ハンドブック』が出版されました。2015年上半期時点での翻訳ミステリの最新動向を反映し、タイプ分けされたベスト100セレクトになっています。
ドイツ作品では『犯罪』(シーラッハ)『深い疵』(ノイハウス)『謝罪代行社』(ドヴェンカー)が選出され、翻訳ミステリ世界で「ドイツミステリ」が確実に存在感を得ていることが窺えます。めでたい! ちなみにドイツ作品レビューのうち、『犯罪』と『深い疵』は私が担当致しました。世界レベルのベンチマークとなる英米・北欧の作品を知るためにも有用な一冊ですので、ぜひご一読を!^^

(2015.8.29)

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© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語が話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。

twitterアカウントは @marei_de_pon

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