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ドイツで羽ばたく日本人

循環ビジネスに挑戦するアーティスト 松坂愛友美さん

「尿を栄養素に麦を育て、ビールを作るプロジェクトを行っているアーティストがいるんです」と友人から聞いたのが、今回の取材のきっかけでした。
私はビールが大好きなので、プロジェクトの内容に興味を持ったのはもちろんなのですが、その活動内容を聞いてみると、アーティストという枠を超えているように思えたのです。
実際にどのようなプロジェクトを行っているのか知りたくなり、松坂愛友美さんにお話をうかがいに行きました。

■2つの大きなプロジェクト
松坂さんは、2004年にワイマールのバウハウス大学で、マスター課程を修了し、現在はベルリンに住んでいます。大学院ではパブリックアートコースを専攻し、社会と向き合う参加型アートをテーマに据えてきました。

現在手がけている大きなプロジェクトは2つ。ひとつは市民から集めた尿を栄養素にして麦を育て、ビールを作るFUTURE BEERというプロジェクト。
もうひとつは、DYCLE- Diapers Cycleというプロジェクトで、土に還る素材で作ったおむつを堆肥化して安全な土を作り、ベルリン郊外に果樹を植えるという内容で、こちらはビジネス化を計画しています。

私が取材で訪れたのは、ベルリン・ダーレム植物園。ベルリン自由大学に所属する研究施設ですが、誰もが入場できる植物園とミュージアムがあります。松坂さんのFUTURE BEERプロジェクトは、ベルリン自由大学のTerraBoGaという土壌プロジェクトからサポートを受けており、植物園の一角で麦を育てているのです。

麦の水やりをする松坂さん

麦の水やりをする松坂さん

循環システムで育てている麦

プロジェクトで育てている麦

松坂さんは「前から循環するシステムに興味があったんです」と言います。そこで2010年に科学者と共に、自身の排泄物からテラプレタという肥沃な土を作り、都市菜園で野菜を栽培して最終的にサラダにして食べるまでを、ビデオ作品として制作。
「自分の身体から作った自分のサラダを食べたとき、『できるんだ!』って感動しました。この気持ちを他の人ともシェアしたくて、周囲の人に声をかけたんです」
その延長線上として生まれたのが、FUTURE BEERプロジェクトです。

■テラプレタの土
松坂さんの活動を支えているのが、テラプレタという土を分析している自由大学の研究チームです。
テラプレタ(Terra Preta)とは、「黒い土」という意味。アマゾン流域の原住民たちが住んでいた土地の一部に、黒い土の層があり、その部分の土だけが今でも肥沃で植物がよく育っているそうです。その土を調べたところ、炭を含み、発酵しているという特徴があることがわかりました。
その土を現代の技術で作ろうというのが、TerraBoGaプロジェクトの趣旨です。ベルリン・ダーレム植物園では、この方法で園から出る伐採樹木で炭を作り堆肥化することで、廃棄にかかっていたコストと堆肥購入にかかっていたコストを削減。年間2万ユーロ(約270万円)のコスト削減に成功しているそうです。

植物園で作っているテラプレタの土

植物園で作っているテラプレタの土

テラプレタの土を作る機械。植物園の一角にある。

テラプレタの土を作る機械。植物園の一角にある。

松坂さんは、この研究チームから麦を育てる土地を提供してもらい、サニテーション(衛生)科学者からアドバイスを受けてFUTURE BEERの活動を行っています。ベルリンだけでなく、ドルトムントでも同様の内容で行っており、そこではビール製造会社が支援し、1000本のオリジナルビールを造り、展示会場で販売する予定です。

「ドイツ人はみんなおもしろがってくれますね。FUTURE BEERをビジネスとしてやろうとすると、プランから実現するまでにビジネスプランを作って投資を募ったりと、時間がかかって大変です。でも、アートならすぐに実現できるんです」と松坂さんは話します。
これまで私はアートいうと、絵画や立体などの狭い概念でしか捉えていませんでしたが、そんな枠組みなど飛び越えたところで、松坂さんはアート活動をしていました。

■特製おむつでビジネスに挑戦
いま松坂さんは、ビジネスにしたいと挑戦しているプロジェクトがあります。それが、おむつを堆肥化して安全な土を作り、ベルリン郊外に果樹を植えるというDYCLE- Diapers Cycleプロジェクトです。

きっかけは、自然の循環に則ったビジネスを提唱するGunter Pauli氏のプレゼンを聞いたことでした。人と関わった活動をしたいと考えている松坂さんは、Pauli氏の「自分が持っているものから活動を始めるべき」というアドバイスを受けて、これまでの経験とネットワークを生かしたビジネスプランを考えるようになりました。

「女性だから、将来は赤ちゃんもほしいです」という松坂さんは、土に還る素材でできたおむつを作り、使用済みのものを回収して、安全な土を作れないかと発案。
これまでなら、使用済みのおむつはただゴミになるだけで、廃棄にエネルギーもかかります。しかしそれが堆肥になれば、そこから土ができ、いろいろな種類の果樹を育て、数年後に収穫してベビーフードの形で栄養循環システムが作れます。おむつの資源になる木も植えることができます。

松坂さんは、特製おむつを作るおむつ会社と組んで、今年の5月に20家族の協力を得て、パイロットプロジェクトを行いました。10月にはクラウドファンディングを計画中です。来春には、おむつからできた土を使って、最初の果樹が植えられる見込み。計算上では、赤ちゃん一人から年間1000本の果樹が植えられるそうです。

「テスト用の試作おむつを使って、自分で実際に堆肥化させたいです。実際に見てもらうことで、説得力が生まれると思います」

このDYCLE- Diapers Cycleプロジェクトには、オランダ、スペイン、南アフリカ、インド、インドネシアが興味を示しているそうで、「ベルリンで実現化が難しければ、実現できる国に行くことも考えています」とのこと。
プロジェクトメンバーそのものがインターナショナルな顔ぶれなので、その活動も国境を越えていくのでしょう。

「アートはいろいろな人の夢や願いをくみ取って、ビジュアル化するものだと思います。そしてそれがプロジェクトとして実現できたらビジネス化して、そこから仕事の需要を生み出せます」

そう話す松坂さんは、ベルリンを拠点としながら既成概念にとらわれない発想と方法で、世界を舞台にボーダーレスな活動を続けていくのでしょう。

DYCLE- Diapers Cycleプロジェクト
http://dycle.org/
松坂愛友美さんアーティストサイト
http://www.ayumi-matsuzaka.com/

文・写真/ベルリン在住ライター 久保田由希
2002年よりベルリン在住。ドイツ・ベルリンのライフスタイル分野に関する著書多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)など。近著に『歩いてまわる小さなベルリン』(大和書房)。http://www.kubomaga.com/

著者紹介

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

Blog : http://www.kubomaga.com

Twitter : https://twitter.com/kubomaga

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