『ゲルマニア』それは出口の無い迷宮の中での捜査! – Young Germany Japan

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『ゲルマニア』それは出口の無い迷宮の中での捜査!

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戦時下を舞台にした「第三帝国もの」本格サスペンス…
といえば英米作家的にはひとつのドル箱ですが、ドイツ人エンタメ作家にとってなかなか踏み込みにくい分野でした。目に見えない自戒の壁があった感じです。ドイツ語圏全体をみればオーストリア人作家J・M・ジンメルの『白い国籍のスパイ』のような例もありますけど、あの作品の本質はどちらかといえばユーモア・ミステリですからね。
しかし質・量で着実に成長を続ける近年のドイツミステリは、ついにこの領域でひとつの画期的な作品を世に送るに至りました。それが今回のお題、ハラルト・ギルバースの『ゲルマニア』(原著出版2013年)です。

1944年、第三帝国首都ベルリン。ナチス親衛隊の関係者を巻き込む連続猟奇殺人事件が発生。親衛隊(当時、警察機能を吸収していた)による捜査は行き詰まり、窮余の一策として、なんと公職を追放されていたユダヤ人(妻がドイツ人であるため収容所送りになっていない)の元敏腕刑事オッペンハイマーを起用する。彼に与えられたのは「捜査に携わっている間だけ」ドイツ人としての人権が保障されるという究極の立場。捜査失敗は死あるのみ。そして事件解決も…また死! 隣人、友人たちが絶滅収容所へ送り込まれてゆく傍ら、オッペンハイマーは親衛隊将校の監視のもと、次第に事件の暗部に踏み込んでゆく。誰が敵で誰が味方なのか? 複雑怪奇な戦時下ドイツの権力構造が彼を包み込む。果たしてオッペンハイマーに活路はあるのか!?

親衛隊情報部による強制捜査の光景 Bundesarchiv, Bild 146-1971-067-07 / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

親衛隊情報部による強制捜査の光景 Bundesarchiv, Bild 146-1971-067-07 / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

…いかがでしょうかこの設定!(机バンバンっ!)
しかもこれが21世紀基準ドイツミステリの筆致で描かれるんですから、期待するなという方が無理でしょう。そして実際、非常によい内容です。良作です。ドイツでの評判も上々です。ドイツ推理作家協会賞の新人賞というタイトルはダテじゃありません。

まず親衛隊の人も反ナチの人も、ドイツ人のドイツ人らしさが非常に実感的に描かれています。まああたりまえの話ですけど、英米作家の独壇場だったこの手の作品業界では実は全くあたりまえでなかった! という点がポイントですね。また、軍事・歴史考証的にも非常に精度の高い描写がなされているため、ミリタリー系で目の肥えた読者にとっても違和感の無い内容だと思います。恥ずかしながら、訳出時に私が考証作業を行いましたので、この点は保証できます。

さて一方、ミステリとしてどうか? という点について。
各種世評を見ると、「ミステリとしてはちょっと弱いかも…。だけどスゲー良かった!」という反応が一般的なようですね。この両要素が意味するものはけっこう重要です。

そう、「捕り物」自体というか、猟奇殺人の真相そのものは実際そんなに驚きではない、というか普通によくできている感じ。逆に、周辺で勃発するアレコレが見ごたえ爆発すぎるだけなんです。

ベルリン、プリンツ・アルブレヒト通りの恐怖の館、ゲシュタポ本部 Bundesarchiv, Bild 183-R97512 / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

ベルリン、プリンツ・アルブレヒト通りの恐怖の館、ゲシュタポ本部 Bundesarchiv, Bild 183-R97512 / CC-BY-SA [CC BY-SA 3.0 de (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/de/deed.en)], via Wikimedia Commons

だってちょっと考えてみてください。これは「そもそも異常な環境で発生した異常な事件」の物語です。殺人事件よりも、実はそれをとりまく世界と価値観のほうが犯罪性の深さとスケールで遥かに上回る、という全体構図の皮肉さと恐ろしさこそが本作のキモであり、真価なのです。
たとえば、オッペンハイマーを監視するフォーグラーSS大尉が…(これは言っていいのか? ええい、言ってしまうよ!) 理性的な反ナチ活動の動きを潰す一方、非人間的でナチ的な鬼畜ロジックのみを最大限に活用してオッペンハイマーの延命と助命に腐心する、という笑えないブラックジョーク的場面。あれこそ、本作が提示する「一歩深みに迫った」史的情景です。
歴史学的に知られていても一般にはあまり知られていない、矛盾に満ちたナチ組織のカフカ的な奇怪さが、ここに端的に表現されています。史実性とエンタメ性の未開拓の交点がうまく描出されている、という言い方も可能でしょう。

ということで『ゲルマニア』、物語背景や歴史に興味が無く、謎解きの面白さだけを追究したいという本格ミステリ原理主義タイプの読者さんにはたぶん向いていないでしょうけど、それ以外のすべての読者さんには超オススメできる逸品です。

Harald Gilbers:Germania Ⓒ Knaur TB

Harald Gilbers:Germania Ⓒ Knaur TB

ちなみに本作が集英社から今年訳出されたのは、戦後70年の節目に、というニュアンスもあるとのこと。
戦後70年…正直、いま、戦争体験世代の直接的な情報発信力は限界に来ています。つまり今後、「間接体験」を主とする記憶の継承の時代がやってきます。そして個人的には、第二次世界大戦について「いかに正確に語り継ぐか」と同じくらい、いやそれ以上に「いかに関心を維持するか」が重要になってくると考えます。

史的教訓の形骸化を防ぐ最適な手段のひとつは、それらを真の知的好奇心と結びつけることでしょう。もちろんこれは趣味的な満足のためだけではなく、「なぜ?」「どうして?」という疑問の深奥に存在する人間的・社会的本質を、善悪とりまぜて魅力的に再構築することによって達成されます。そう、この局面で上質な知的エンタメが果たす役割は、決して小さくないはずです。

刺激的な歴史的題材をどうアレンジするか? 戦後世代の想像力と問題意識の真価がガチで問われる時代の始まりに、本書『ゲルマニア』は登場したといえる気がします。この領域、今後の動向が見逃せません!

ではでは、今回はこれにて Tschüss!
.
【補記1】
2015.7.23の東京ドイツ文化センター『ドイツ・エンターテインメントの夕べ』は、本書『ゲルマニア』特集です! ドイツ文芸の伝道師、というかもはや超伝導と呼ぶべき酒寄先生が今回も熱く激しく【お察しください】なので、たぶん果てしなく盛り上がると思います。入場無料、未読でもぜんぜんOKです。皆様お誘いあわせの上、ぜひお越しください!^^

【補記2】
翻訳ミステリファンの総本山、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」のレビュー記事にて本作が取り上げられました。
【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて:第23回 空襲下のベルリンに炸裂するツンデレ爆弾――『ゲルマニア』(執筆者・♪akira)
これは凄い。興味深い。(腐)女子ミス業界ではこうなのか! というか、ぶっちゃけ興行的にはやっぱこの路線ですか! これですね! という文化的発見と刺激に満ちておりますので、是非ご一読ください。

(2015.7.19)

Ⓒ集英社 ⒸMarei Mentlein

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© マライ・メントライン

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マライ・メントライン

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

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