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仁義ある戦い! 翻訳ミステリ頂上作戦!

(c) Marei Mentlein

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仁義ある戦い! 翻訳ミステリ頂上作戦!

ミステリの年度ランキングといえば、「このミステリーがすごい!」「ミステリーが読みたい」「週刊文春ミステリーベスト10」など各種あります。その中にあって、翻訳ものに特化して特に印象深い内容を誇るのが、4月に決定する「翻訳ミステリー大賞」です。

これは海外ミステリに携わる翻訳家、批評家、出版編集者有志が運営する頂上決戦イベントで、そもそも、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」という団体名が意味深でよいです^^ ランキング本と異なり、決戦開票をイベント化し、そこで業界関係者が一般読者を前に、あるいは読者とともに実地で熱く語り合うライブ形式になっているのが特徴ですね。

参加メンバーの特濃ぶりからも窺えるように、ここではミステリ読者の平均的な反応よりも、最先端の業界動向や問題意識といったものが浮き彫りになる傾向があります。

(c) Marei Mentlein

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今回私は、第5回大賞の最終候補となった7作について、それぞれ「ミステリ読書大国」ドイツでどう評価されているのか、決戦開票直前にご紹介する役で参加させていただきました。

内容については翻訳ミステリー大賞内のこちらのページをご参照ください。なんと、当日使用した私のレジュメがpdf形式でアップされています。これは本好きなドイツ人と対談する際の小ネタに活用できるかも!(笑)

こういう状況下、一般的には、たとえば候補作となった『コリーニ事件』を応援するのがドイツ人に期待される姿勢かもしれません。が、やはりそれではつまらない。比較文化・文芸的にもっと面白い方向を目指さなくては。そう、「ドイツ作品押し」だけがドイツミステリ道ではないのです!^^

ヘニング・マンケルなどに代表される「社会派」的な路線が、ミステリの格を上げたといえどいいかげん飽和状態に達したように感じられる昨今、この場でどういう神託が下るのか? という関心で臨んだ決戦開票は、実に興味深い結果となりました。

大局としては、スティーヴン・キングの『11/22/63』と、ギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』の一騎討ちです。

『11/22/63』は、厳密にいえばミステリの枠を大幅に外れたというか超えた、SF的な総合文芸作品。ケネディ暗殺阻止というテーマは凄いけど、逆に凄すぎるゆえ、普通ならネタの重量と複雑さに作者の筆が押し潰されてしまうはず。しかし恐るべしキング、みごとネタに打ち勝った! なんといっても、科学的論理性をのりこえた心的論理性が輝きと説得力を放つラストが圧巻。巨匠の円熟ぶりと今なお衰えぬパワーを改めて痛感させる、ロック・オペラ的な巨編です。

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いっぽう『ゴーン・ガール』は、「アメリカ」「田舎」「上昇志向の若夫婦」「金満凄腕弁護士」というまるで新味のない材料だけを使用し、ミステリの枠内に納まっていながら、既存ミステリの安定感に決定的な冷や水を浴びせる傑作。これは本当におどろきました。一種のサイコものですけど、「異常者に立ち向かう常識人」という定式を巧く(←そう、ココが重要)崩したあたりが素晴らしい。ただし、単なる「サイコパスどうしの戦い」みたいな図式に陥らない点がまた秀逸。いわゆるジャンルミステリに、まだこんな開拓の余地があったのか! という衝撃を味わわせてくれる逸品です。

皆様どーですか!

この2作が追いつ追われつしながら票を重ねていく開票のスリリングさはなかなかハンパなかったです。後半はもう、1票開くたびに「ぅおおぉぅ~」というどよめきが会場を包み、独特の興奮と緊張感を加速させていました。

そして! 決選投票は最終的に『11/22/63』が制し、みごと、第5回翻訳ミステリー大賞を受賞。翻訳者の白石朗さん、編集者の永嶋”MAD”俊一郎さん、おめでとうございます!

(c) Marei Mentlein

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今回、「非ミステリ」作品が、ミステリの総本山にて、「超ミステリ」作品との死闘の末に最高評価を受けたのが印象深いです。翻訳ミステリー大賞でのミステリvs非ミステリの一騎討ちといえば、2012年の『忘れられた花園』『犯罪』の大接戦が思い出されますけど、あの時とは結果が逆になった(『犯罪』を非ミステリと認識するという前提で)わけです。これは時代の流れなのか、作品の、作家の力なのか、それとも…?

さて。

翻訳ミステリー大賞は、基本的に商業出版の関係者が運営する(つまりライバルどうしの寄り合い)イベントなのに、みんな割と政治性や欲得抜きで動いている印象があって、それがとても良い感じです。実は『11/22/63』翻訳者の白石朗さんも「読者」として1票を投じており、それがおもいっきり『ゴーン・ガール』だったのがナイスです。

もしこれが儀礼的、作為的なフェアプレーごっこだったらあまり意味はないし萎えますが、そうではない気がします。

では、なぜこのような場が成立できるのか?

もちろん、関係者の人柄や志の高さという前提はあるでしょう。その上で翻訳ミステリー大賞は、ミステリを愛する人間の価値観や問題意識そのものを、かなり本音ベースで率直に表現できる・ぶつけ合える場として機能しているように思えます。それが文芸イベントとしての「質」にうまくつながっているのではないか! というのが私の所見です。

たとえば今回の大賞、結果的にキングvsフリンのマッチレースとなったものの、本当は最終候補の7作どれもが捨てがたい。どれも、「その他」扱いで済ますには惜しい作品ばかりです。実は翻訳ミステリー大賞のサイトに、

・第五回翻訳ミステリー大賞投票者&七福神コメントのご紹介(前篇)

・第五回翻訳ミステリー大賞投票者&七福神コメントのご紹介(後篇)

というページがあって、各作に対するコメント自体がけっこう素晴らしい。

ほんとうに凄い読者の言葉の中には、語るに値する価値観や問題意識、さらに「世界」が凝縮しているのです。しかもそのコメント内容の凄さが、必ずしも投票結果に正比例しているわけではない…かもしれない、あたりが非常に味わい深く、興味深いです。

ああ、上質な読書イベントは奥が深い。

以上、今回は翻訳ミステリ最前線の現場リポートでした。

ほんとうは、このあとに続く読者賞(『三秒間の死角』が受賞)に寄せられた、原著者と訳者のコメントが感動的だった話とかも書きたいのですが、字数的に無理なのでお許しくださいませ。

ときにドイツミステリについては、最近、完成度の高い北欧系ミステリの「定式」の翻案によって国内市場での勝ちパターンを作ることに安住しているケースが多い気がして、個人的にはどうもよろしくないと思っています。ここは作家さんたちに、もうちょい頑張っていただかないと。

その一方、日本ではミステリ業界の方から、ドイツ主流文学・文芸への関心を私宛に示されることがしばしばあって、これはこれで非常に考えどころだなと思ったりしている今日このごろです。

(2014.5.18)

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

マライ・メントライン