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オトナ読者をも圧倒するドイツYA小説の真髄!!

オトナ読者をも圧倒するドイツYA小説の真髄!!

ヤングアダルト(YA)小説というジャンルがドイツでは隆盛しています。児童書から本格文学への橋渡しを行うための青少年向け小説というのが端的な定義です。
日本で同種の書物というと「ラノベ」という単語がつい思い浮かびますが、読書文化の中で同じ機能を果たしているかといえばちょっと疑問です。その良し悪しは簡単に評価できないけど。

さて、ドイツのYA小説は層が厚い。すると、ときどきとんでもない傑作が出現するのです。
今回ご紹介する2011年ドイツ青少年文学賞の受賞作、ヴォルフガング・ヘルンドルフの『チック』(邦題『14歳、ぼくらの疾走』)は、まさにそのような逸品と申せましょう。子供にだけ読ませるのは勿体無い!!(笑)

本書は要するにロードムービー小説です。
いまひとつ周囲に馴染めない、目立たないベルリンのギムナジウム生の「ぼく」は、転校生である変わり者の「チック」と微妙に親しくなる。そして夏休み、2人は連れ立って、モヤモヤした日常生活からの脱走を図る…
というと、なんだかありがちなストーリーにしか見えません。が、しかし、読んでみると全然違うんです。あまり書くとネタバレになったり長文になったりしそうなので、本書のスゴイ的要素を端的にまとめると、以下のようになります。

【① 現実に対する率直な視点】
主人公の目に写る東ドイツの風景、「そこにあるもの」が、少年ならではのストレートさで表現される。その視点には美化も遠慮もなければ、歴史の知識もない。いわゆる「文学的表現」のフィルターを外しているからこそ伝わるものがある。ゆえに、読者が「旧東ドイツ」のアレコレを知っていても知らなくても、それぞれ別種の新鮮な感覚を味わうことが出来る。とにかく楽しい。この小説が特定の読者層のために書かれたものではないことが、このポイントだけでもよくわかる。

【② 子供でも読めるが子供だましではない】
心理描写にしても作品世界構築にしても、「子供向けだからこの程度でいいだろ」といった甘さがまったく無い。物語内で描かれる現実の諸問題は、「大人にとっても子供にとってもひとしく身近で、難解」なものとして主人公たちの前に出現し、安直な解決をまったく受け付けない。

【③ シュールだがリアル】
作中、しばしばシンボリックで奇矯な登場人物にぶちあたる。彼らの描写は一見シュールとさえ言えるが、実は作者の人間洞察と理解力を煮込んだ成果であって、よくよく考えると「超リアル」だったりする。また、そこには大人小説でも正面から描かれないような、深い社会的・歴史的寓意が堂々と記されていたりするので驚き。

【④ 真剣ではあるが説教くさくない】
説教くさい展開は萎えるが、ヤングアダルト小説にはしばしばありがちだ。これは、「ゴール」となる特定の道徳観やルールに読者を誘導しようとする切迫感から生じる現象で、裏を返せば、読者に「現実の一部を無視しろ」と要求しているのに等しい。本書の場合、そういうつまらない要素は無い。オトナが用意したゴールに収まるような小説ではない。その代わり、「人間とは、社会とはこういうものだ」という本質的インスピレーションを触発する仕掛けが自然に張り巡らされている。

…と、そんな感じでしょうか。
本書のクライマックスは、ある意味、ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』と相通ずる内容で、底なしの充実感と喪失感が同時に主人公を貫く、その描写に私はクギづけになりました。
『チック』は一応YAという分類になっているけど、実際には大人の、それも教養人の再読に何度でも耐えられる「面白本」であり「スゴ本」といえるでしょう。ほかに適切な定義を思いつきません。

ところで本書、木本栄さんによる翻訳の仕上がりも素晴らしいです。日本語としての滑らかさもさることながら、スラング交じり会話の翻訳・意訳や、ドイツの生活状況を加味したさりげない補記の仕方に、ベルリン在住という強みが存分に活かされています。
また、日本語版だけ、巨匠ミヒャエル・ゾーヴァの絵が表紙になっているのも大きな特筆ポイントですね。これは実は元々ゾーヴァさんが木本さんの友人で、頼んでみたら描いてくれた!! のだそうです。いやー、まさに驚きの展開。

以上、本書はいろいろな意味で傑作です。それ以外にちょっと表現しようがありません。
もちろん異論反論はあるだろうけど、それで私の価値観が揺らぐとは思えない!!
世代年齢を問わず、必読の一冊です。

それではまた、Tschüss!

【お知らせ】
2014.1.23(木)に東京ドイツ文化センター図書館で行われる「ドイツ・エンターテインメントの夕べ」第3回では、本稿で取り上げた『チック』(男性視点代表)と、イザベル・アベディの『日記は囁く』(女性視点代表)をベースに、ドイツのYA小説の現状と可能性を議論し、ご紹介します。ちなみに『日記は囁く』は酒寄さんの翻訳で、『チック』にも酒寄さんによる解説が載っています。前回同様に熱い展開が期待されます。皆様お誘いあわせの上、ぜひお越しください !

(2014.1.12)

© マライ・メントライン

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マライ・メントライン
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。
まあ、それもなかなかオツなものですが。

著者紹介

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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