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「アンチ偽善」は「善」たりうるか???

「アンチ偽善」は「善」たりうるか???

「アンチ偽善」は「善」たりうるか???

過日、早川書房のミステリマガジン誌2013年12月号の「洋書案内」コーナーに、2012~2013年ドイツ読書界最大の話題作、『Er ist wieder da』の紹介文を書きました。これは、かのアドルフ・ヒトラーが、1945年の死の瞬間に2011年にタイムスリップして「復活」を果たすという小説です。



本物のアドルフ・ヒトラーが「ヒトラー芸人」として社会的に台頭してゆく状況の描写がいろいろな意味で圧巻!! なのですが、ドイツ人にしか解らなさそうな内輪っぽい政治社会ネタが(特に後半に行くほど)充満しているので、そのへんをうまく処理しないと日本語版の訳出は難しいかも…という内容でまとめました。



そして2014年1月、本書は『帰ってきたヒトラー』のタイトルで、河出書房新社から日本語版が出版されました。懸念されたドイツ内輪ネタの連発について、現時点(2014年3月)では読者側からさして問題視されていないようなので(半信半疑ではあるが)、そこは良かったと思います。

実はそうした箇所は著者の意向もあり、さしたる説明抜きにそのまま訳されているのです。しかし、予備知識がなく、CDUSPDをおちょくりまくるネタの真意がつかめなくとも、物語の趣旨や本筋がわからなくなるほどの影響は意外と無い、ということかもしれません。



本書は当然のことながら、ドイツ国内で賛否両論の議論を巻き起こしました。ヒトラー「を」笑うのではなく、ヒトラー「と」笑うような感情移入性が危険!! とか、部分的にでもヒトラーを魅力的に描くのはもってのほか!! など、一部のドイツ人から強い拒絶反応を受けました。但し2014年3月現在、それでも本書はSpiegel誌ベストセラーリストの6位をキープしています。



…と、いろいろな面で話題性に富む本書の中身の本当に凄いところ、それは



説話的な勧善懲悪のルールを何気に完全無視している



という点です。

ヒトラーが現代に蘇っていろいろ暴れるにしても、けっきょく最後には戦後的理性のしっぺ返しを食らって破滅してオチがつく…と思うでしょ??
そうじゃないんです。

そこが凄い、というか怖い。で、そう書いてしまうとネタバレだとか生真面目な人から怒られるかもしれないけど、でもこう書いておかないと、「どうせそんなもんだろ」という先入観だけで終わっちゃう読者が多いと思うんですよ。だから敢えて書くのです。それに、本当にいけてる小説は、多少のネタバレ程度で面白さの本質が損なわれたりしないのです(と、ドイツ人的な理屈で断言します!!)。

だからご安心ください。



この著者、いろいろな資料で徹底的にヒトラーとその時代の神経症的な雰囲気を調べ上げ、体得した気配がうかがえます。その結果として描かれるヒトラーは、



小市民的な善良さと巨大な非理性



が絶妙にミックスした精神を持っていて、それが各種の可笑しさを生むのだけど、実はヒトラー本人的にはネタではなくマジなんですね。
ヒトラーの相手をする(&させられる)人たちは、「こんな話をマジで言うなんてドイツ人としてあり得ない。ゆえにこれは、一種の深いブラックジョークに違いない…」と自分を納得させてしまうので、彼がいろいろとやばい行動を起こしても、意外と問題にならなかったりするんです。それがコメディ的であっても妙にリアルだったり。

そして、ヒトラーによる小市民的な善良さ(に見えるもの)の積み重ねが実は「巨大な非理性」に行き着く、という論理的整合性がひそかに確保されている点が、非常に興味深いのです。



…と、ここで感づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。実は、『帰ってきたヒトラー』は、非常に巧みな出来のサイコパス小説でもあるのです。ゆえに前回記事でもちらっと触れたように、杉江松恋さんをはじめとするミステリ業界の皆様からのウケが結構よろしいようです。

いわゆる定石を踏まえた上で既存パターンを超えた知的エンタメ性を求める最近のミステリ読書界の傾向をみるに、これは非常に納得できる気がします。本書はそういったニーズにある意味正面から応えてしまう、「まぜるな危険」じみた香りを放つ劇薬系小説とも申せましょう。



この小説全体を貫いてにじみ出ているのは、世界的に高く評価されている「戦後ドイツ」の対外的反省ポーズと優等生的な理念、それがそろそろ耐用年数の限界に達して形骸化してきているんじゃないのか?? いわゆるネオナチなんかじゃなくて、気骨のある「リアルナチ」がもし復活したら、意外と今のドイツ社会はコロっとなびいてしまうんじゃないのか?? という著者の深い深い疑念と危惧です。



たとえば学校の歴史の歴史授業で気をつけないといけないのは、「過程の議論を排除して、絶対的な1つの結論だけ教える」ようにしないことです。

ホロコーストの生存者とかが存命なうちは「結論だけ」でも充分に説得力をもつだろうけど、時間の経過や社会状況の変化とともに、そこが変わってしまう恐れがある。だから、ずっとそのままでいいのか? といえば「大丈夫ですよ!!」と即答はできないのです。



「我々の世代は歴史認識がしっかりしているから大丈夫。だから、同じように子供の世代に教えれば問題ない」という考えを持つ人が多いけど、やはり子供世代にはその世代ならではの感じ方、世界観や問題意識があります。そこに何かがつけ込んで理性をねじ曲げてしまう可能性は否定できません。

『帰ってきたヒトラー』に登場するヒトラーは、その文脈の延長上にいずれ出現しうる究極の存在として描かれます。彼は、現代ドイツの優等生的な…つまり、本来そうあってほしいほどには実際うまくいっていない…社会理念を、ひとしく「偽善」とこきおろし、撲滅を図ります。



確かに社会が正しくあるためには、まずは「偽善」の排除があるべきかもしれない。ではしかし、何をその代わりに置くのか?? そして、撲滅の陶酔感の延長に、「善」は存在するのか…??

それに対して今どきのドイツ国民がどう応えるか、まさにこここそが、この小説のポイントとなる焦点です。著者は読者に対し、既存のアカデミズム的手法とはまったく別の形で、



本当に悪かったのは、【ナチ】なのか【ドイツ】なのか??



という命題を再構築してみせるのです。

これは見事です。

ドイツでよく聞く「本書の書きっぷりが気に入らない」、という批判的な意見もよくわかります。しかし本書の問題提起そのものは本当にホンモノだと思います。

そこに焦点を当てて今後も考えてみたいです。




※本書を読んで、アドルフ・ヒトラーの「肉声」がどんなものだったか興味を持った方には、本書でも頻繁に言及されるマルティン・ボルマンが速記者に記録させていたナチ幹部・ヒトラー取り巻きのサロン談義集、『ヒトラーのテーブル・トーク1941‐1944』がオススメです。『帰ってきたヒトラー』で描かれるヒトラーの心象風景や内面的論理は、おそらくこの書物に大きく依拠していると思われます。大変興味深い内容です。



(2014.3.29)




© マライ・メントライン

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マライ・メントライン




シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール出身。NHK教育 『テレビでドイツ語』 出演。早川書房『ミステリマガジン』誌で「洋書案内」などコラム、エッセイを執筆。最初から日本語で書く、翻訳の手間がかからないお得な存在。しかし、いかにも日本語は話せなさそうな外見のため、お店では英語メニューが出されてしまうという宿命に。

まあ、それもなかなかオツなものですが。

マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業 ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介される場合が多いが、自国の身贔屓はしない主義。好きなもの:猫&犬。コーヒー。カメラ。昭和のあれこれ。牛。

Twitter : https://twitter.com/marei_de_pon

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